昭和52年10月1日 月次祭                       中村良一



今朝からの、おー、御理解に、神の綱が切れたというが、神からは切らぬ、氏子から切るなという御理解に基づいて、おかげを頂きましたが、えー、人間、色々、おー、難儀なことが続きましたりしますと、これほど信心するのに、神も仏もあるものかというような心がおこってまいります。そういうときには、すでに神の綱を外しかけておる時であります。けれども、私は、本当に、有難いと思いますことは、信心をさせていただいておりますと、様々なことがございますけれども、そういう様な時には、まあ、前後に、必ず神様が、ほうがはなさせまいとする働きが起こってくるという事でございます。こちらが放そうと思うても、神様がはなさせまいとなさる働き。それを無視する、それが分からないと、やはり、神の綱が切れたと言うて、神から離れていくといったような結果にも、言わば、なりかねないのでございます。いよいよ、記念祭も、もうあとわずか、十数日に迫りました。もう、記念祭、記念祭で、朝から、お届けをなさる内容も、記念祭を目指して、また、記念祭には、こうおかげを頂きたいという願いばかりと言うても良いくらいに、皆さんが、記念祭に願いをかけ、思いをかけておられます。えー、何と申しましても、お礼、私共が、おかげを頂いております、そのお礼が、いわゆる、神様への御礼が中心になるのがお祭りでございますから、ただ、お祭りにお参りをすれば、それでよいという事ではないのです。御礼が中心になるという事。本当にあの、私共が、段々、信心が分かってまいりますと、もう、本当に御礼を言わなければおられない、申さなければおられない。しかも、衝動的な思いにかられるほどしのお礼心が募ってきます。それが、大体信心だと、ね。信心を頂いておって、この喜びが、この日々のお礼の心が、募ってこなかったら、ちっとばっかり、信心が可笑しいんです。もうそれは今申しますように、それこそ、神の綱が切れたかのようにあるような時であっても、本当な事が分からせてもらうと、そこから有難いものが湧いてまいります。
今朝の御理解の中に、この、二十三日の霊祭、御霊様の御大祭のときに、宮崎の高鍋からお参りをしておる方がございました。えー、親子三代続いて、総代の、ある教会の総代の御用を頂いてある。えー、もう本当に、お参り、御用、もう本当に、まああの人がおかげ頂かんなら、頂くものはあるまいというぐらいに、ま、親子三代に渡っての、ご信心が続いておられるところの息子さんが、えー、スイス、ね。いわゆる、アルプス登山を、大体が三人で思い立っておられる。ところが、あー、二人の方は、急用が出来て、出来なくなった。それこそ、若さの至りで、もうそれこそ、行こうというたら、いかにゃおられんという、一人ででもと言うので、おい出られて、遭難をされた。その遭難の通知があった、そこを境に、その方の信心の家の中にです、それこそ、暗雲が漂い始めたのです。これほど信心するのに、どうしてこういう事になった。先生にお届けをすると、巡りのお取り祓いと言いなさるが、一体、巡りとは何ぞや。こういう、大難がかかってくるのを、神様とても、何とか手の打ちようは、なさりようはなかったものか。ね。分からない。分からないでけではなくて、もう、悲しいやら、腹が立つやら、もう、どうにもしようのない日々を過ごしておられるのを、おー、高鍋の、古谷という、学校の先生をなさっておられ、大変熱心に、まだ、ここのお参りになられて、僅かですけれども、もう、とにかく、沢山の人が、その辺の人が、彼の周囲にお導きを受けておられます。ね。それは、その方も、その人の信心を知っておられますから、まあ、どうというて、慰めようもないことですけれども、とにかく一遍、合楽にお参りしてごらんなさい。そして、貴方の思いのたけを、先生にぶちまけて、そして、どういうわけに、そういう苦しいこと、悲しいことになったのか、ね。御神意でも頂いてみたらどうでしょうかと、言われて、とてもとても、合楽に参って、そういう解決が出ろうとは思われんけれども、びっしり、手紙に、一つ、その巡りとは何ぞやと言ったようなね。ここへも見えましたけれども、もう、それこそ、手紙の中にも、おー、昨日参りました手紙の中にも書いてございましたが、もう、とにかく、腹が立って、腹が立ってしようがない。それと同時に、悲しゅうて、悲しゅうてしようがない。母が、毎日毎日嘆き苦しみする、その母の悲しむ姿を見て、これほどしに親を悲しませる、その弟が、とにかく腹立たしいと、その、亡くなられた方のお姉さんに当たる方が、二十三日にお参りをしてまいりました。色々手紙に書いてありましたけれども、私は、んー、ちょって見ただけで、えー、ちょうどお祭りの前で、えー、出来ませんので、ま、お祭りどもが済んだら、ゆっくりまたお話いただきまして、また、聞かさせてももらいましょうと言うて、私はお祭りにかかりました。そして、お祭りを頂いておるうちに、昨日の午後に参りました手紙の中にありますとです。ね。あのお祭りを拝ませて頂いておるうちに、段々、心の中が変わってきた。そして、何か知らんけれども、ありがた涙がこぼれて、こぼれてしようが無かった。帰らせていただいて、御霊様の前に座って、本当に悲しいことだけれども、ね。貴方が死んだという、貴方の死によって、私は、真の信心の目が開いてきたと言うて、お礼を申し上げましたと、手紙に書いてあります。ね。人間の最大の腹立たしいこと、悲しいこと、そういう事に直面しながらもです、ね。御神意が分かったというか、御徳に触れたというか、ね。御霊様の、いうならば、あー、前に座って、お礼が言えれる状態。私の状態を、母が見て、本当に、あんたが言う通りだなと言うて、母も一緒に、御霊様にお礼を言うてくれるようになったとも書き添えてございます。ね。してみると、お礼を言わねばならないことは、沢山あることが分かりますね。もうとにかく、御霊様のあの時のお祭りを頂いて、えー、もう、私、ここへ来てお尋ねする事も無くなった。心にあった、腹立たしさも、もやもやしたものも、すっきり取れてしもうて、とにかく、私に、真の信心の目を開かせてくれたのは、貴方であったと、御霊様にお礼が言えれる、ね。そこに、神愛を悟らせてもらうとき、ね。真の信心が、の、目が出てくるという事になるのです。お互いが、真の信心を目指すのです。
今日、午前中の、ある方が、御用に見えてお届けをされるのです。今朝方から、家内が、「お父さん、今度の記念祭には、お米ば十俵お供えしましょう」ち言う、もう、私はドキッとしてからち、ここで、私は、それを聞きましてね。それがまあ、余りにも実感です。もう、私は、家内から突然ね、今朝、ね。今度の記念祭には、お米十俵、まあ、お百姓さんなんです。しかし、お百姓さんが、お米十俵という事は、もう、大変な、やっぱ、思い、そら、大祭のたんべんに一俵筒のお供えは、何時もなさっておられますけれども、十俵も纏めてお供えすると聞いたときに、それこそ、胸がドキッと、先生、しましたと聞いたときに、私は実感ですね。もう、私は、それがとっても嬉しかったです、聞きながら。ね。それこそ、ドキッとしましたけれども、よくよく考えてみるとです。先ほど、栄四郎君がお話をしておりましたように、今の金光様のお歌を申しておりましたですね。「なすと言え、なしうる条件恩恵の、無くばなしえず何一つとして」という事。なそうと思うても、出来ないことは出来ないのです。そこに、出来るものがあるからこそ、出来るのだ。お恵みを受けておるからこそ、おかげを受けておるからこそ出来るのだと。それは、ドキッとはしたけれども、考えてみれば見るほどに、出来んことを言うておるとじゃない、本当に、家内が言うとが本当だと思うて、しかもその、今日の、自分のドキッとしたことを、赤裸々にお取次ぎを頂いて、どうぞ、不浄のかかりませんようにというお取次ぎ。もう、こんな素晴らしいお供えはなかばいと、私は、今日申しました。誰だって、そうですね。やっぱ、ドキッとするぐらいな、いわば、御用が出来なければ駄目ですよ。ね。みんなが、それぞれに、色々と考えもし、工夫もなさり、ね。先日は、ある方たちが、兄弟で、百万円お供えをさせて頂いた。そしたら、それに百二万円添えてあった。どうして、百二万円てんなんてんしてあるじゃろかと思いよった。そしたらそこの、お婆ちゃんがね、あんたどんが兄弟でするなら、これは私のお賽銭からと言うて、二万円添えてあった。私はね、合楽のお祭りは、何時ものことですけれども、そうした、やむにやまれない方達の、祈りを結集して、お祭りが仕えられるところにです、ね。もう、それこそ、神様のお喜びを感じさせて頂けれるような、神の息吹を、そこに聞くようなお祭りが頂かれる。けれども、私共の心の中に、今申しますように、ね。とてもあーた、こんな悲しいこと、こんな苦しいことになっておるのに、お礼の段じゃなかと、いうたら、神の息吹を、そこに聞きながらも、それに触れることが出来ません。ね。私は、神様の喜びと、私共の喜びと言うものが、こう一つになった時に、ね。それが、合楽の姿なんです。そこから、産み出されないはずはありません。もう、それこそ、お祭りは、私一人のお祭りだっただろうかというような、感動の独り占めが出来るような、一つお祭りを頂きたいと思います。ね。それには、やっぱり、思いが大事。思いと言うても、ね。お礼が芯でなからなければならない。ね。ドキッとしたまま、もし、それがなされたら、これはもう、そのまま不浄になるでしょう。そのドキッとしたことを、ここでお届けをされた時にです、私はもう、素晴らしいと思いました。ね。これはもう、いうならば、千円で、えー、立派なお家が建っておったという時代のお話ですけれども、久留米の初代が、えー、まあ、それこそ、何時もお話を致しますように、桂先生がお隠れになって、そして、そのあとに、桂先生が上半身を霊前に現されて、久留米の初代、石橋先生に、懇々と願われた。自分が未完成になっておる、ご本部のご造営を、どうぞ頼むという事であった。もちろん、今の合楽理念からいくと、それは、桂先生じゃないですね。これは、神様の演出ですね。神様の、いうなら、トリックと言うても良いくらいです。けれども、ここに桂先生の、生前の姿を、ここに出さなければ、久留米の石橋先生がいう事を聞きなさらん。どこの爺さんじゃ、おっちゃんじゃら分からんとが出てきて、石橋さん頼むぞと言われたっちゃ、石橋先生のほうが聞きなさらん。師匠であるところの、桂松平先生が、これから上を現されて、「石橋、御造営の事を頼む」といわれたので、奮い立たれたわけです。けれども、どうしても、おかげにならん。ちょうど、そういう、うー、いうならば悩みを、神様に申し上げ、まあ、明けても暮れても、その事ばっかりを考えておられるところに、第一の出社である、大分からの、八坂先生がお参りになった。そこで、八坂先生に、えー、その話を打ち明けられた。実は、こうこうで、師匠桂先生がこう私の頼まれたけれども、今の久留米の状態では、とてもとても出来る段のこっじゃない。今なら、ちょうど一億円、えー、一億円ですかね。その時分の金で、えー、一万円ぐらいで、あの、ご本部のあのご楼門、楼門ですね。楼門が出来たといわれるのですから。それでその、今度は、八坂先生が、師匠がその事に心を痛めておられることを、帰って、総代の○○さんに、その事を話した。ね。そしたら、その総代さんが、それは、私が一人でおかげ頂ましょうち言わっしゃった。もう、大変な、この方はおかげ受けた方だったらしいですね。でもう、大変に喜ばれてです、ね。それから、それをもって久留米にお供えになられた。そしたら、石橋先生が、それを受け取って、御祈念をなさり、お三宝にあげて、それをお供えなさったら、またそれを持ってみえた。八坂さん、こりゃ、神様が受け取りなさらんばいと仰ったち。しかし男気のある先生方の場合には間違いがないですね。いうならば、信者の真心、私の真心、それがどういう事だったでしょうかち言うて、お尋ねをされると、今このお金を神様にお供えをさせて頂いたら、その、お三宝の横から、真っ黒い猫が、こう手を出してそれに爪をかけた。こりゃ、八坂さん、不浄がかかっとるばいという、もう、それこそ、泣く泣く持って帰られた。はあ、それが、私どんなら、どうじゃろか。今、一億円、ここにお供えがあってるなら、もう、喜びまわって、神様にお供えするかも分かりません、どうか分からん、そんなのは。ふっふふ、ね。それこそ、取り次がせていただく者、またお供えをさせていただく者、ね。だから、かえって、もうそれこそしょんぼりとして帰られてから、あー、その、奥さんが、「どうしたことでしたか」と。「実はね、今日は、こうこうだった。石橋親先生が、これをお供えしてくださったけれども、神様が受けんと仰ったげな。」ね。黒い不浄がかかっておると仰る。そしたらもう、それこそ、その奥様がもう、顔色を変えて、そこに平伏された。「先生、どうもすみません」ち、はあ、今、私の、いうならば、その時分の一万円という、その大金をですね。自分方の家も、まあ、やっとかっと行きよるとへ、もう、せめてね、半分ぐらいお供えして、半分ぐらい、うち頂いたっちゃ良かろうところへと、私が、あなたが持っておい出られる日に思うたち。その事が、不浄になっとるとに違いないから、直ぐお詫び言って下さいち言うて。それから、奥様と二人で、その事をお詫びに出られたら、そのまま、お供え、それがお受けになり、治まることが出来たという話が残っております。ね。ですから、お供えというものには、やはり、不浄は禁物だけれども、けれども、不浄がちった掛かるくらいなおかげを頂きたいというわけです。ね。石橋先生の、またの言葉に、ね。出来んから、出来んからと言うて、ね。信心神様への真心というものは、ない袖の下を振れと仰ったそうです。普通では、ない袖は振られんと、こういうけれども、ない袖の下を振らせて頂くこそ、神様の真、真心が通じるのだと。出来ることなら誰でんする。出来んところを神様におすがりして、出来させていただくということであります。ね。私は、今度の十年祭という、もう、またとない記念祭をです。もう、どういうお祭りにして、神様にお礼を申し上げようかと。それこそ、こうやって、沢山助かった人達だけで、いうならば、本当にお礼の言えれる人達だけでの御用であり、奉仕であり、またはお供えであり。そうしてそれを、お広前いっぱいに、ね。お参りも溢れるようになりゃ、お供えもまた、溢れるようなお供えをさせて頂いて、神様に、私共の真を現させてもらい、それを取り次ぎ、お祭りの芯にしたいと思います。先ほど、宮崎の網さんから、お届けがございましたが、先日、九十何名ほどの、おー、記念祭にはお引き寄せを頂きますというお届けがあっとりました。したら今日は、先生、百二十名になりました。何と言うても、いうならば、信者の真心、または、信者が助かる、氏子が助かるという事が、この神様の願いであってみれば、それこそ、そのお祭りに合われ、そういう真心いっぱいの、言うなら、感激の坩堝にかしてしまうであろう、このお広前でです。それこそ、メクラが目が開き、チンバが立つほどしのおかげもいただけるのですから、ね。始めてまいった方達が、金光様の信心の有難さを分からせて貰うて、いよいよ、合楽示現の有難い事、合楽示現に参画させて頂くという方達が、一人でも、二人でも出来られるという事が、そのまま、神様へのお礼ともなり、繋がる事にもなるのですから。ね。ただ、私が、記念祭には、もう、ご案内を頂いておるから、お参りさえすれば良いといったようなお参りから、もう一段進めた、いうならば、神様の心に叶う心に進ませていただいてのお祭りを頂きたいと思います。
えー、神の綱が切れたというが、神からは切らん、氏子からは切るなと。それこそ、神の綱が、今にも、音を立てて切れるようにある時に、神様が手を差し伸べてくださって、そして、それを引き揚げて下さろうとする働きが、必ずある。心をいつも神様へ向けておかんと、それが頂きそこなう。いわば、高鍋の方のお話を致しましたが、ね。今にも、三 代も続いた信心がぶっきれそうになった時に、言うなら、その、おー、古谷先生のお導きでお参りをして、とっても、この心が、合楽に参ったかろと言うて、とても、この心がありがあいものに変えられるはずはないと思いながら、参ってきたけれども、さあ、おかげを頂いて、ここに、お祭りを頂いておるうちに、帰ってから、御霊様の前で、ただ、悲しゅうて、悲しゅうて、腹が立って、腹が立って仕方のなかった方がです。もう、それこそ、勿体ない。ありがた涙にくれて、その、沢山の手紙を読むと、もっと感動的ですけれどね。もう、それは、何とも言えん、いわば、それは悲しいんだけれども、ね。貴方が、私に真の道の信心を、目を開かせてくださったんだと、御霊様にお礼が言えれるという、何と尊いその信心。それが信心なんですから。それを思うときに、私どもがです。とてもお礼の言えない。私はおかげいただいとらんけんお礼は言えんという人は、一人も無かろうと、私は思うです。ね。そういう風に、自分の信心、またおかげを受けておる事実を、いよいよ、有難いという心で分からせて貰うて、有難いという心で御用に、いわば、奉仕に、または、お供えに心を込めさせていただきたいと思います。いよいよ、大祭月に入りました。えー、ご本部参拝、そして、引き続いて、ほんならここの記念祭、もう、それこそ、一日とても暇なときはございますまい。だから、皆さんの日々、いつでも、おー、色んな、あー、自分の身に叶う御用で、もう、させていただき、それこそ、預からせていただいて、おかげを頂きたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。